Shimple.

やりたいようにやるために、できる限りシンプルに生きたい。

削ぎ落とせば削ぎ落とすほど、人は自由になれる。「一汁一菜でよいという提案」から学べること。




こんにちは、しろです。

そぎ落とした結果として見えてくるものがあるなあ、としみじみ感じています。

そう感じるきっかけとなったのは、こちらの記事です。

「“盛った”料理=愛情」は勘違い 「一汁一菜」が支持される理由〈週刊朝日〉

 
話題作となった、料理研究家・土井善晴先生の「一汁一菜でよいという提案」の紹介記事ですね。

簡単にまとめてしまうと、日常の食卓は味噌汁とご飯で十分だよ!という本です。わたしも最近「粗食」に目覚めまして、日々実践しています。
▶︎体の中も身軽にしたい。「粗食」を始めてみました。


減らすことで自由になれる。

モノでも行動でも、シンプルにしていけばしていくほど研ぎ澄まされていって、「欲しいもの」「必要なもの」「やりたいこと」がどんどんクリアになっていくような気がします。

この記事で触れている土井先生のコメントを読んで、特にそう思いましたね。

「逆説的ですが、一汁一菜を始めたら、もっと料理を作りたくなったという声が多数寄せられました。自分で“義務”と課している、食事作りの重圧から解き放たれたからでしょうね」
引用元:「“盛った”料理=愛情」は勘違い 「一汁一菜」が支持される理由〈週刊朝日〉

人は縛られれば縛られるほど、「〜べき思考」にとらわれてしまって、重圧に感じる。そうすると「やりたいこと」が見えなくなってきて、何がなんだかわからなくなってしまうものです。

しかし、こうして「〜べき思考(must)」(この場合だと、「和食は一汁三菜でなければならない」とか、「豪華にしなければならない」という思考ですね)から解き放たれると、自由になって「やりたい気持ち(want)」が見えてくる。

記事に沿って料理を例にあげると、料理の「〜べき思考」が取り払われて、「本当に自分が作りたいもの」や「なぜ自分が料理を作っているのか」ということが見えてくるんじゃないかないかな?と思います。

シンプルに生きれば、自分の理想の人生が作られる。


これは料理に限らず、どんなことでも応用できます。「〜べき思考」というノイズを取り払うことで、自分の純粋な欲求が見えてくる。その欲求に従って動けば、自分の理想とする人生を生きられるんじゃないかなと思います。

「〜べき思考」は、ある意味「自分の中の常識」なんですよね。今までの経験や外からの圧力(今はインスタやツイッターなど、外部の情報を取り入れられるツールが増えてますからね)が、いつの間にか築き上げている、怖い「常識」。

でも、その「常識」は本当にずっと持ち続けなければならないものなんでしょうか。

外部からの抑圧や、自分への重圧で「そうしなければならない」と思い込んでいるだけなんじゃないでしょうか。

自分の中の常識をとことん疑ってみる」というのは、シンプルに生きる上で非常に大切なんじゃないかなー、と、この記事を読んで改めて感じました。外からやってくるものにただ流されるだけでなく、自分でじっくり考えて取捨選択していくことが重要ですね。

お読みいただき、ありがとうございました。


 

読んだよ〜の一言で頑張れますので、よろしければ…!

 

 

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